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父の入院

昨年の5月に長くパーキンソンで体の自由のきかなかった母が亡くなってからも、父はここが終の棲家だからと静岡に一人で暮らしていた。
5年程前の脳梗塞で右半身の自由がきかなくなっていたが、それでも家の中ならば歩き回って洗濯したりご飯の用意をしたりして母の面倒を見ることを生きがいにしてきた父。入浴やトイレなども危なっかしいながら自分でできていた。

一度は要支援2になった介護認定も、自分で何でもできますと言ってしまって要支援1になったまま1年が過ぎた。

17日、用があって偶然東京に行っていたとき、姉から電話が入った。メールではなく電話のときは緊急の場合が多いので、すぐ父のことだろうと思った。

その日は土曜日…お買い物のためにヘルパーさんが11時ごろピンポン鳴らしたところ、何の応答もなくて姉に電話が来たようだ。
行政のお勧めに従って入ったセキュリティには何の連絡も行っていないようだ。ベッドの側のボタンを押せばよいのだが、それもしていないらしい。
家の鍵をセキュリティに預けることを父が嫌がったので、姉と相談して父には内緒で某所にかくしてあった。
鍵は開いたが、チェーンがかかっていて入れない…そういう場合、近くに身内はもちろん親戚もないので、警察官の立会いの下ガラスを割って入ってもらうことになっていたのだが、誰もその決断ができない。後のことはいいからガラスを割ってくれと言っているのに…

結局以前からお付き合いのあるご近所の方が決断してくれて、チェーンを切って救急車を呼んで病院に運んでもらった。

私と姉は午後7時前に病院に着いたのだが、ご近所の方二人が私たちが来るまで病院で待っていてくださった。

病状としては排尿困難(閉尿というらしい)と心臓の状態が悪いということで、入院。
意識はしっかりしているので、家に帰る帰るの一点張りだが、なんとか説得した。


今回、セキュリティは全く役にたたなかった。救急車が病院に向かう寸前にやっと現れたようだ。
結局以前からお付き合いのあったご近所の方がいなければどうなったかわからない。

離れて暮らしてる以上、死に目に会えないことは覚悟済みだが、そうした瞬間にも本人が苦しまずにすむようにそのときを迎えられるといいなと思っている。
その意味で、やはり父の一人暮らしは限界だと強く認識した。
[ 2009/10/19 23:59 ] diary | TB(0) | CM(0)

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