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バイバイ、ピアノ

幼稚園に行く前からだったろうか…ピアノを習い始めた。自分が習いたいと言ったのかどうかも覚えはないが。
指に赤やオレンジや黄色などのきれいな毛糸を結んでもらって、指の動きを練習した覚えがある。
まだ小さかったので、椅子を一番高いところまで上げてもらって座ったのも覚えている。
ピアノを触るのが楽しくて仕方なかった頃だ。

程なくしてピアノが我が家に来た。
それまで姉は音楽の道を志してオルガンで練習していたが、ピアノが姉と私のものになった。
姉は声楽、私はピアノ。8才年上の姉は東京まで声楽を習いに行っていた。姉の声楽の練習に伴奏したこともあった。

その後姉は思うようにいかない声楽に行き詰まって、音楽の道をあきらめた。
私はおてんばで外遊びが大好きな子だったし、転勤を繰り返したので、先生のいない時期もあって割とあっさりその道をあきらめた。

母は姉と私が音楽の道をすすむものと信じて東京に家を求めた。父はそのために単身赴任を強いられたときもあった。
私たちがそれぞれ音楽の道をすすむことを母は夢見ていたのだと思う。
強制的にその道をめざせと言われたわけではない。でも、それが望みだったのは姉も私もわかっていた。

私がピアノをやめると決めたとき、母は最後に1曲ひいてほしいと言った。リクエストされた曲を聴きながら母は涙を流した。
私としては、そんなことを言われても…という気持ちだったが…

結婚するとき母はピアノも持っていけと言った。正直言って、2~3年毎の転勤がわかっていたので持っていきたくはなかったのだが断れなかった。実際に転勤の際、引越し費用は会社持ちだが、ピアノだけは生活必需品とは認められずに自腹での引越しとなった。

それから○十年…
子供も男の子ばかり3人。誰一人ピアノを弾きたいとは言わなかったし、気づいたらピアノにずら~っとシールを貼られたこともあった。(はがすのにえらい苦労した)

何度かの引越しを繰り返して、今に至る。
今日そのピアノをついに処分した。
母が元気なうちは処分するわけにはいかないとずっと思ってきた。もっと早い時期であれば、再利用も可能だったろう。昨年5月に母が亡くなり、もう許してくれるかなと思ってきた。
再利用はできないということで処分になる。

処分に際して母のことも考えたし、私自身もさびしい思いがこみ上げた。
いつかキーボードよりは大きくてピアノほど大きくないものを手に入れようと思う。たまには弾いてみたい。
姉はその後ピアノを教えている。

雪です
[ 2009/12/26 23:58 ] diary | TB(0) | CM(0)

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